真珠の塔、二つなく尊い贈りものを、ろくろく見もせず、ぽんと路のかたわらのどぶに投げ捨て、いまの私のかたちは、果して軽快そのものであったろうか、などそんなことだけを気にしている。
――はははは。今夜はなかなか能弁だね。
――笑いごとではないのです。そのような奇妙な、『ヴァイオリンよりは、ケエスが大事式』の、その方面に於ける最もきびしい反省をしてみるのでした。江の島の橋のたもとに、新宿へ三十分、渋谷へ三十八分と、一字一字二尺平方くらいの大きさで書かれて居る私設電車の絵看板、ちらと見て、さっさと橋をわたりはじめた。からころと駒下駄《こまげた》の音が私を追いかけ、私のすぐ背後まで来てから、ゆっくりあるいて、あたし、きめてしまいました。もう、大丈夫よ、先刻までの私は、軽蔑されてもしかたがないんだ。
――非常に素直な人なんだね。
――そうです、そうです。判って呉れましたね? やっぱり、お話し申しあげてよかった。もっと、もっと聞いて下さい。
――よし。ぜひとも、聞かせて下さい。竹や、お茶。
――飛びこむよりさきにまず薬を呑んだのです。私が呑んで、それから私が微笑《ほほえ》みながら、姫や、
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