。(一行あき。)裏切者なら、裏切者らしく振舞うがいい。私は唯物史観を信じている。唯物論的弁証法に拠《よ》らざれば、どのような些々《ささ》たる現象をも、把握できない。十年来の信条であった。肉体化さえ、されて居る。十年後もまた、変ることなし。けれども私は、労働者と農民とが私たちに向けて示す憎悪と反撥とを、いささかも和《やわら》げてもらいたくないのである。例外を認めてもらいたくないのである。私は彼等の単純なる勇気を二なく愛して居るがゆえに、二なく尊敬して居るがゆえに、私は私の信じている世界観について一言半句も言い得ない。私の腐った唇《くちびる》から、明日の黎明《れいめい》を言い出すことは、ゆるされない。裏切者なら、裏切者らしく振舞うがいい。『職人ふぜい。』と噛んで吐き出し、『水呑《みずのみ》百姓。』と嗤《わら》いののしり、そうして、刺し殺される日を待って居る。かさねて言う、私は労働者と農民とのちからを信じて居る。(一行あき。)私は派手な衣服を着る。私は甲高《かんだか》い口調で話す。私は独《ひと》り離れて居る。射撃し易くしてやって居るのである。私の心にもなき驕慢《きょうまん》の擬態《ぎたい》も
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