。私は、医師を呼び、あくる日、精神病院に入院させた。高橋は静かに、謂《い》わば、そろそろと、狂っていったのである。味わいの深い狂いかたであると思惟《しい》いたします。ああ。あなたの小説を、にっぽん一だと申して、幾度となく繰り返し繰り返し拝読して居る様子で、貴作、ロマネスクは、すでに諳誦《あんしょう》できる程度に修行したとか申して居たのに。むかしの佳《よ》き人たちの恋物語、あるいは、とくべつに楽しかった御旅行の追憶、さては、先生御自身のきよらかなるロマンス、等々、病床の高橋君に書き送る形式にて、四枚、月末までにおねがい申しあげます。大阪サロン編輯部、春田一男。太宰治様。」
「君の葉書読んだ。単なる冷やかしに過ぎんではないか。君は真実の解らん人だね。つまらんと思う。吉田潔。」
「冠省。首くくる縄切《なわき》れもなし年の暮。私も、大兄お言いつけのものと同額の金子《きんす》入用にて、八方|狂奔《きょうほん》。岩壁、切りひらいて行きましょう。死ぬるのは、いつにても可能。たまには、後輩のいうことにも留意して下さい。永野喜美代。」
「先日は御手紙|有難《ありがと》う。又、電報もいただいた。原稿は、ど
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