の借金をかえさざる。頓首《とんしゅ》。私は女です。」
「拝復。君ガ自重ト自愛トヲ祈ル。高邁《こうまい》ノ精神ヲ喚起シ兄ガ天稟《てんぴん》ノ才能ヲ完成スルハ君ガ天ト人トヨリ賦与サレタル天職ナルヲ自覚サレヨ。徒《いたず》ラニ夢ニ悲泣スル勿《なか》レ。努メテ厳粛ナル五十枚ヲ完成サレヨ。金五百円ハヤガテ君ガモノタルベシトゾ。八拾円ニテ、マント新調、二百円ニテ衣服ト袴《はかま》ト白|足袋《たび》ト一揃イ御新調ノ由、二百八拾円ノ豪華版ノ御慶客。早朝、門ニ立チテオ待チ申シテイマス。太宰治様。深沢太郎。」
「謹啓。其の後御無沙汰いたして居りますが、御健勝ですか。御伺い申しあげます。二三日前から太宰君に原稿料として二十円を送るように、たびたびハガキや電報を貰っているのですが、社の稿料は六円五十銭(二枚半)しかあげられず、小生ただいま、金がなく漸《ようや》く十円だけ友人に本日借りることができました。四度も書き直してくれて、お気の毒千万なのですが計十五円だけお送りいたします。おおみそかを控え、それでも平気でぱっぱっ使ってしまいますゆえ、あなたの方で保管、適当にお渡し下さいまし。もっと送ってあげたく思いましたが、僕もいっぱいの生活でどうにもできません。麹町区内幸町武蔵野新聞社文芸部、長沢伝六。太宰治様、令閨《れいけい》様。」
月日。
「師走厳冬の夜半、はね起きて、しるせる。一、私は、下劣でない。二、私は、けれども、独《ひと》りで創った。三、誰か見ている。四、『あたしも、すっかり貧乏してしまって、ね。』五、こんな筈ではなかった。六、蛇身清姫《じゃしんきよひめ》。七、『おまえをちらと見たのが不幸のはじめ。』八、いまごろ太宰、寝てか起きてか。九、『あたら、才能を!』十、筋骨質。十一、かんなん汝を玉にせむ。(ぞろぞろぞろぞろ、思念の行列、千紫万紅百面億態)一箇条つかんでノオトしている間に三十倍四十倍、百千ほども言葉を逃がす。S。」
月日。
「前略。その後いよいよ御静養のことと思い安心しておりましたところ、風のたよりにきけば貴兄このごろ薬品注射によって束《つか》の間《ま》の安穏《あんのん》を願っていらるる由。甚《はなは》だもっていかがわしきことと思います。薬品注射の末おそろしさに関しては、貴兄すでに御存じ寄りのことと思いますので、今はくり返し申しません。しかしそれは恋人を思いあきらめるがごとき大発心にて、どうか思いあきらめて下さるよう切望いたします。仏典に申す『勇猛精進』とはこのあたりの決心をうながす意味の言葉かと思います。実は参上して申述べ度きところでありますが、貴兄も一家の主人で子供ではなし、手紙で申してもききわけて頂けると信じ手紙で申します。どこか温《あたたか》い土地か温泉に行って静かに思索してはいかがでしょう。青森の兄さんとも相談して、よろしくとりはからわれるよう老婆心《ろうばしん》までに申し上げます。或いは最早《もは》や温泉行きの手筈《てはず》もついていることかと思います。温泉に引越したら御様子願い上げます。北沢君なんかといっしょに訪ね、小生もその附近の宿にしばらく逗留《とうりゅう》してみたいと思います。奥さんによろしく。頓首。早川俊二。津島修治様。」
「三拾円しか出来ない。いのちがけ、ということをきいて心配いたして居りますが、どんなんですか。本当は二十日ごろまでに、兄より何か、委細《いさい》のおしらせあるか、と待って居たのですが。(一行あき。)こうして離れているとお互いの生活に対する認識不足が多いので、いろいろ困難なことにぶつかると思います。命がけというので、お送りするわけです。それも私の生活とても決して余裕がないので、サラリイの前がりをして(それも、そんなに多くは前貸はしない、)やるわけです。(一行あき。)勿体《もったい》ぶるわけではないんです。そして、ゼイタクしているわけではありません。教師として、普通人の考えるが如き生活をひたすらしているのではありません。嘗《かつ》て、君も私も若き血を燃やしたる仕事があった筈です。(文学ではないぜ。)それをです。そのためにです。それに、子供がうまれて以来、フラウが肺病、私が肺病(勿論軽いヤツ)で、火の車にちかい。(一行あき。)であるから、三〇で、がまんしてくれ。そして、出来るなら返して呉れ。こっちがイノチがけになってしまうから。(一行あき。)文壇ゴシップ、小説その他に於ける君の生活態度がどんなものかを大体知っている。しかし、私は、それを君のすべてであるとは信じたくない。(一行あき。)元気を出せ! いのちがけの……死ぬの……そんな奴があるか! 気質沢猛保。」
「悪習は除去すべきである。本郷区千駄木町五十、吉田潔。」
月日。
「言わなければならぬと思いながら言えない。夏休みになったら手紙をかこうと決心
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