い『春服』八号中の拙作のことであります。興味がなかったら後は読まないで下さい。あれは昨年十月ぼくの負傷直前の制作です。いま、ぼくはあれに対して、全然気恥しい気持、見るのもいやな気持に駆られています。太宰さんの葉書なりと一枚欲しく思っています。ぼくはいま、ある女の子の家に毎晩のように遊びに行っては、無駄話をして一時頃帰ってきます。大して惚れていないのに、せんだって、真面目に求婚して、承諾されました。その帰り可笑《おか》しく、噴き出している最中、――いや、どんな気持だったかわかりません。ぼくはいつも真面目でいたいと思っているのです。東京に帰って文学|三昧《ざんまい》に耽《ふけ》りたくてたまりません。このままだったら、いっそ死んだ方が得なような気がします。誰もぼくに生半可《なまはんか》な関心なぞ持っていて貰いたくありません。東京の友達だって、おふくろだって貴方だってそうです。お便り下さい。それよりお会いしたい。大ウソ。中江種一。太宰さん。」
月日。
「拝啓。その後、失礼して居ります。先週の火曜日(?)にそちらの様子見たく思い、船橋に出かけようと立ち上った処《ところ》に君からの葉書|来《きた》り、中止。一昨夜、突然、永野喜美代参り、君から絶交状送られたとか、その夜は遂《つい》に徹夜、ぼくも大変心配していた処、只今、永野よりの葉書にて、ほどなく和解できた由うけたまわり、大いに安堵《あんど》いたしました。永野の葉書には、『太宰治氏を十年の友と安んじ居ること、真情|吐露《とろ》してお伝え下され度《た》く』とあるから、原因が何であったかは知らぬが、益々交友の契《ちぎり》を固くせられるよう、ぼくからも祈ります。永野喜美代ほどの異質、近頃沙漠の花ほどにもめずらしく、何卒、良き交友、続けられること、おねがい申します。さて、その後のからだの調子お知らせ下さい。ぼく余りお邪魔しに行かぬよう心掛け、手紙だけでも時々書こうと思い、筆を執《と》ると、えい面倒、行ってしまえ、ということになる。手紙というもの、実にまどろこしく、ぼくには不得手《ふえて》。屡々《しばしば》、自分で何をかいたのか呆《あき》れる有様。近頃の句一つ。自嘲《じちょう》。歯こぼれし口の寂《さぶ》さや三ッ日月。やっぱり四五日中にそちらに行ってみたく思うが如何《いかが》? 不一。黒田重治。太宰治様。」
月日。
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