文学ってやつは、もっとひねくれてるんじゃないかしら。長沢に期待すること少くなった。これも哀しいことの一つだ。七、長沢にも会いたいと思いながら、会わずにいる。ぼくはセンチになると、水いらずで雑誌を作ることばかり考える。君はどんな風に考えるかしらんが、僕と君と二人だけでいる世界だけが一番美しいのではないだろうか。八、無理をしてはいかん。君は馬鹿なことを言った。君が先に出て先にくたばる術はない。僕たちを待たなくてはいかん。それまでは少くとも十年健康で待たなくてはいかん。根気が要る。僕は指にタコができた。九、これからは太宰治がじゃんじゃん僕なんかを宣伝する時になったようだ。僕なんか、ほくほく悦に入っている。『こんなのが仲間にいるとみんな得をするからな。』と今度ぼくは誰かに(最も不愉快な客が来たら)言ってやろうと、もくろんでいる。『虎《とら》の威を借る云々』とドバどもはいいふらすだろう。そしたら『あいつは虎でないとでもいうのか』と逆襲してやる。『そして僕が狐でないと誰が言いましたか。』十、君《きみ》不看《みずや》双眼色《そうがんのいろ》、不語《かたらざれば》似無愁《うれいなきににたり》――いい句だ。では元気で、僕のことを宣伝して呉れと筆をとること右の如し。林彪太郎。太宰治様|机下《きか》。」
「メクラソウシニテヲアワセル。」(電報)
「めくら草紙を読みました。あの雑誌のうち、あの八頁だけを読みました。あなたは病気骨の髄を犯しても不倒である必要があります。これは僕の最大限の君への心の言葉。きょう僕は疲れて大へん疲れて字も書きづらいのですが、急に君へ手紙を出す必要をその中で感じましたので一筆。お正月は大和国《やまとのくに》桜井へかえる。永野喜美代。」
「君は、君の読者にかこまれても、赤面してはいけない。頬被《ほおかぶ》りもよせ。この世の中に生きて行くためには。ところで、めくら草紙だが、晦渋《かいじゅう》ではあるけれども、一つの頂点、傑作の相貌を具えていた。君は、以後、讃辞を素直に受けとる修行をしなければいけない。吉田生。」
「はじめて、手紙を差上げる無礼、何卒《なにとぞ》お許し下さい。お蔭様で、私たちの雑誌、『春服』も第八号をまた出せるようになりました。最近、同人に少しも手紙を書かないので連中の気持は判りませんが、ぼくの云いたいのは、もうお手許迄《てもとまで》とどいているに違いな
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