た国の樹陰でぽかっと眼をさましたような思いで居られるこの機を逃さず、素知らぬ顔をして話題をかえ、ひそかに冷汗|拭《ぬぐ》うて思うことには、ああ、かのドアの陰いまだ相見ぬ当家のお女中さんこそ、わが命の親、(どっと哄笑。)この笑いの波も灯のおかげ、どうやら順風の様子、一路平安を念じつつ綱を切ってするする出帆、題は、作家の友情について。(全く自信を取りかえしたものの如く、卓上、山と積まれたる水菓子、バナナ一本を取りあげるより早く頬ばり、ハンケチ出して指先を拭い口を拭い一瞬苦悶、はっと気を取り直したる態《てい》にて、)私は、このバナナを食うたびごとに思い出す。三年まえ、私は中村地平という少し気のきいた男と、のべつまくなしに議論していて半年ほどをむだに費やしたことがございます。そのころ、かれは、二、三の創作を発表し、地平さん、地平さん、と呼ばれて、大いに仕合せであった。地平も、そのころ、おのれを仕合せとは思わず、何かと心労多かったことであったようだが、それより、三年たって、今日、精も根も使いはたして、洋服の中に腐りかけた泥がいっぱいだぶだぶたまって、ああ、夕立よ、ざっと降れ、銀座のまんなかであろ
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