の、折目正しき軽装のひと、これが、この世の不幸の者、今宵死ぬる命か、しかも、かれ、友を訪れて語るは、この生のよろこび、青春の歌、間抜けの友は調子に乗り、レコオド持ち出し、こは乾杯の歌、勝利の歌、歌え歌わむ、など騒々しきを、夜も更《ふ》けたり、またの日にこそ、と約した、またの日、ああ、香煙|濛々《もうもう》の底、仏間の奥隅、屏風《びょうぶ》の陰、白き四角の布切れの下、鼻孔には綿、いやはや、これは失礼いたしました。幸福クラブ誕生の日に、かかる不吉の物語、いや、あやまります、あやまります。さて、この暗黒の時に当り、毎月いちど、このご結構のサロンに集《つど》い、一人一題、世にも幸福の物語を囁《ささや》き交わさむとの御趣旨、ちかごろ聞かぬ御卓見、私たのまれもせぬに御一同に代り、あらためて主催者側へお礼を申し、合せてこの会、以後休みなくひらかれますよう一心に希望して居ることを言い添え、それでは、私、御指命を拝し、今宵、第一番の語り手たる光栄を得させていただきます。(少し前置きが長すぎたぞ! など、二、三、無遠慮の掛声あり。)私、ただいま、年に二つ、三つ、それも雑誌社のお許しを得て、一篇、十分くらい
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