生えた鳥、歯のある蛾《が》、生きた蛙《かえる》を食うという、このごろこれら魔性《ましょう》怪性《けしょう》のものを憎むことしきり。これらこそ安易の夢、無智の快楽、十年まえ、太陽の国、果樹の園をあこがれ求めて船出した十九の春の心にかえり、あたたかき真昼、さくらの花の吹雪を求め、泥の海、蝙蝠の巣、船橋とやらの漁師まちより髭《ひげ》も剃らずに出て来た男、ゆるし給え。」
痩躯《そうく》、一本の孟宗竹《もうそうちく》、蓬髪《ほうはつ》、ぼうぼうの鬚、血の気なき、白紙に似たる頬、糸よりも細き十指、さらさら、竹の騒ぐが如き音たてて立ち、あわれや、その声、老鴉《ろうあ》の如くに嗄《しわが》れていた。
「紳士、ならびに、淑女諸君。私もまた、幸福クラブの誕生を、最もよろこぶ者のひとりでございます。わが名は、狭き門の番卒、困難の王、安楽のくらしをして居るときこそ、窓のそと、荒天の下の不仕合せをのみ見つめ、わが頬は、涙に濡れ、ほの暗きランプの灯にて、ひとり哀しき絶望の詩をつくり、おのれ苦しく、命のほどさえ危き夜には、薄き化粧、ズボンにプレス、頬には一筋、微笑の皺《しわ》、夕立ちはれて柳の糸しずかに垂れたる下
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