た。主人は、養子らしかった。その老妻である。かず枝は、甘栗を買い求めた。嘉七はすすめて、もすこし多く買わせた。
 上野駅には、ふるさとのにおいがする。誰か、郷里のひとがいないかと、嘉七には、いつもおそろしかった。わけてもその夜は、お店《たな》の手代《てだい》と女中が藪入《やぶい》りでうろつきまわっているような身なりだったし、ずいぶん人目《ひとめ》がはばかられた。売店で、かず枝はモダン日本の探偵小説特輯号を買い、嘉七は、ウイスキイの小瓶を買った。新潟行、十時半の汽車に乗りこんだ。
 向い合って席に落ちついてから、ふたりはかすかに笑った。
「ね、あたし、こんな恰好をして、おばさん変に思わないかしら。」
「かまわないさ。ふたりで浅草へ活動見にいってその帰りに主人がよっぱらって、水上のおばさんとこに行こうってきかないから、そのまま来ましたって言えば、それでいい。」
「それも、そうね。」けろっとしていた。
 すぐ、また言い出す。
「おばさん、おどろくでしょうね。」汽車が発車するまでは、やはり落ちつかぬ様子であった。
「よろこぶだろう。きっと。」発車した。かず枝は、ふっとこわばった顔になりきょろと
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