とを、ころしてはいけない。こんなひとが死ぬなんて、間違いだ。
「死ぬの、よさないか?」
「ええ、どうぞ。」うっとり映画を見つづけながら、ちゃんと答えた。「あたし、ひとりで死ぬつもりなんですから。」
嘉七は、女体の不思議を感じた。活動館を出たときには、日が暮れていた。かず枝は、すしを食いたい、と言いだした。嘉七は、すしは生臭《なまぐさ》くて好きでなかった。それに今夜は、も少し高価なものを食いたかった。
「すしは、困るな。」
「でも、あたしは、たべたい。」かず枝に、わがままの美徳を教えたのは、とうの嘉七であった、忍従のすまし顔の不純を例証して威張って教えた。
みんなおれにはねかえって来る。
すし屋で少しお酒を呑んだ。嘉七は牡蠣《かき》のフライをたのんだ。これが東京での最後のたべものになるのだ、と自分に言い聞かせてみて、流石《さすが》に苦笑であった。妻は、てっかをたべていた。
「おいしいか。」
「まずい。」しんから憎々しそうにそう言って、また一つ頬張り、「ああまずい。」
ふたりとも、あまり口をきかなかった。
すし屋を出て、それから漫才館にはいった。満員で坐れなかった。入口からあふれ
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