ずいぶん、いとしく思われた。あれくらいの分量で、まさか死ぬわけはない。ああ、あ。多少の幸福感を以《もっ》て、かず枝の傍に、仰向に寝ころがった。それ切り嘉七は、また、わからなくなった。
 二度目にめがさめたときには、傍のかず枝は、ぐうぐう大きな鼾《いびき》をかいていた。嘉七は、それを聞いていながら、恥ずかしいほどであった。丈夫なやつだ。
「おい、かず枝。しっかりしろ。生きちゃった。ふたりとも、生きちゃった。」苦笑しながら、かず枝の肩をゆすぶった。
 かず枝は、安楽そうに眠りこけていた。深夜の山の杉の木は、にょきにょき黙ってつっ立って、尖《とが》った針の梢《こずえ》には、冷い半月がかかっていた。なぜか、涙が出た。しくしく嗚咽《おえつ》をはじめた。おれは、まだまだ子供だ。子供が、なんでこんな苦労をしなければならぬのか。
 突然、傍のかず枝が、叫び出した。
「おばさん。いたいよう。胸が、いたいよう。」笛の音に似ていた。
 嘉七は驚駭《きょうがく》した。こんな大きな声を出して、もし、誰か麓《ふもと》の路を通るひとにでも聞かれたら、たまったものでないと思った。
「かず枝、ここは、宿ではないんだよ。
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