らを書き上げられ、それから四年目になくなられた、といふ経緯には、いづれその道の名人達人にのみ解し得る機微の事情もあつたのでございませう。不風流の私たちの野暮な詮議は、まあこれくらゐのところで、やめた方がよささうに思はれます。
鴨の長明入道さまの事ばかり、ついながながと申し上げてしまひましたが、あの小さくて貧相な、きよとんとなされて居られた御老人の事は、私どもにとつても奇妙に思ひ出が色濃く、生涯忘れられぬお方のひとりになりまして、しかもそれは、私たちばかりではなく、もつたいなくも将軍家に於いてまで、あの御老人にお逢ひになつてから、或いは之は私の愚かな気の迷ひかも知れませぬが、何だか少し、ほんの少し、お変りになつたやうに、私には見受けられてなりませんでした。あのやうな、名人と申しませうか、奇人と申しませうか、その悪業深い体臭は、まことに強く、おそるべき力を持つてゐるもののやうに思はれます。将軍家は、恋のお歌を、そのころから、あまりお作りにならぬやうになりました。また、ほかのお歌も、以前のやうに興の湧くままにさらさらと事もなげにお作りなさるといふやうなことは、少くなりまして、さうして、たま
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