の大きい割烹店へとついでゐた。下のは、都の、體操のさかんな或る私立の女學校へかよつてゐて、夏冬の休暇のときに歸郷するだけであつた。黒いセルロイドの眼鏡をかけてゐた。彼等きやうだい三人とも、眼鏡をかけてゐたのである。彼は鐵ぶちを掛けてゐた。姉娘は細い金ぶちであつた。
彼はとなりまちへ出て行つてあそんだ。自分の家のまはりでは心がひけて酒もなんにも飮めなかつた。となりのまちでささやかな醜聞をいくつも作つた。やがてそれにも疲れた。
子供がほしいと思つた。少くとも、子供は妻との氣まづさを救へると考へた。彼には妻のからだがさかなくさくてかなはなかつた。鼻に附いたのである。
三十になつて、少しふとつた。毎朝、顏を洗ふときに兩手へ石鹸をつけて泡をこしらへてゐると、手の甲が女のみたいにつるつる滑つた。指先が煙草のやにで黄色く染まつてゐた。洗つても洗つても落ちないのだ。煙草の量が多すぎたのである。一日にホープを七箱づつ吸つてゐた。
そのとしの春に、妻が女の子を出産した。その二年ほどまへ、妻が都の病院に凡そひとつきも祕密な入院をしたのであつた。
女の子は、ゆりと呼ばれた。ふた親に似ないで色が白かつ
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