答へた。
「汚いことをしたからです。私だつて知つてゐます。だからかうして珠數やお經の本で隱さうとしてゐるのです。私は色の配合のために珠數とお經の本とを持つて歩いてゐるのです。黒いころもには青と朱の二色がよくうつつて、私のすがたもまさつて見えます。」さう言ひながら、お經の本のペエジをぱらぱらめくつた。「讀みませうか。」
「ええ。」僕は眼をつぶつた。
「おふみさまです。夫《ソレ》人間《ニンゲン》ノ浮生《フジヤウ》ナル相《サウ》ヲツラツラ觀《クワン》ズルニ、オホヨソハカナキモノハ、コノ世《ヨ》ノ始《シ》中《チユウ》終《ジユウ》マボロシノゴトクナル一期《イチゴ》ナリ、――てれくさくて讀まれるものか。べつなのを讀みませう。夫《ソレ》女人《ニヨニン》ノ身《ミ》ハ、五障《ゴシヤウ》三從《サムシヨウ》トテ、オトコニマサリテカカルフカキツミノアルナリ、コノユヘニ一切《イチサイ》ノ女人《ニヨニン》ヲバ、――馬鹿らしい。」
「いい聲だ。」僕は眼をつぶつたままで言つた。「もつとつづけなさいよ。僕は一日一日、退屈でたまらないのです。誰ともわからぬひとの訪問を驚きもしなければ好奇心も起さず、なんにも聞かないで、か
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