三本の際だつて長い皺が、ちりちりと横に並んではしつてゐた。この三つのうす赤い鎖が彼の運命を象徴してゐるといふのであつた。それに依れば、彼は感情と智能とが發達してゐて、生命は短いといふことになつてゐた。おそくとも二十代には死ぬるといふのである。
 その翌る年、結婚をした。べつに早いとも思はなかつた。美人でさへあれば、と思つた。華やかな婚禮があげられた。花嫁は近くのまちの造り酒屋の娘であつた。色が淺黒くて、なめらかな頬にはうぶ毛さへ生えてゐた。編物を得意としてゐた。ひとつき程は彼も新妻をめづらしがつた。
 そのとしの、冬のさなかに父は五十九で死んだ。父の葬儀は雪の金色に光つてゐる天氣のいい日に行はれた。彼は袴のももだちをとり、藁靴はいて、山のうへの寺まで十町ほどの雪道をぱたぱた歩いた。父の柩は輿にのせられて彼のうしろへついて來た。そのあとには彼の妹ふたりがまつ白いヴエルで顏をつつんで立つてゐた。行列は長くつづいてゐた。
 父が死んで彼の境遇は一變した。父の地位がそつくり彼に移つた。それから名聲も。
 さすがに彼はその名聲にすこし浮はついた。工場の改革などをはかつたのである。さうして、いちど
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