す。それが扉です。」
「秋にもなりますと女人は冷えますので。」さう言つてから、いたづら兒のやうに頸をすくめ兩方の眼をくるくると※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]して見せた。僕は微笑んだ。
尼は僕の部屋から出ていつた。僕はふとんを頭からひきかぶつて考へた。高邁なことがらについて思案したのではなかつた。これあ、まうけものをしたな、と惡黨らしくほくそ笑んだだけのことであつた。
尼は少しあわてふためいた樣子でかへつて來て襖をぴたつとしめてから、立つたままで言つた。
「私は寢なければなりません。もう十二時なのです。かまひませんでせうか。」
僕は答へた。
「かまひません。」
どんなにびんばふをしても蒲團だけは美しいのを持つてゐたいと僕は少年のころから心がけてゐたのであるから、こんな工合ひに不意の泊り客があつたときにでも、まごつくことはなかつたのだ。僕は起きあがり、僕の敷いてゐる三枚の敷蒲團のうちから一枚ひき拔いて、僕の蒲團とならべて敷いた。
「この蒲團は不思議な模樣ですね。ガラス繪みたいだわ。」
僕は自分の二枚の掛蒲團を一枚だけはいだ。
「いいえ。掛蒲團は要らないのです。私はこのままで寢るのです。」
「さうですか。」僕はすぐ僕の蒲團の中へもぐりこんだ。
尼は珠數とお經の本とを蒲團のしたへそつとおしこんでから、ころものままで敷布のない蒲團のうへに横たはつた。
「私の顏をよく見てゐて下さい。みるみる眠つてしまひます。それからすぐきりきりと齒ぎしりをします。すると如來樣がおいでになりますの。」
「如來樣ですか。」
「ええ。佛樣が夜遊びにおいでになります。毎晩ですの。あなたは退屈をしていらつしやるのださうですから、よくごらんになればいいわ。なにをお斷りしたのもそのためなのです。」
なるほど、話をはるとすぐ、おだやかな寢息が聞えた。きりきりとするどい音が聞えたとき、部屋の襖がことことと鳴つたのである。僕は蒲團から上半身をはみ出させて腕をのばし襖をあけてみたら、如來が立つてゐた。
二尺くらゐの高さの白象にまたがつてゐたのである。白象には黒く錆びた金の鞍が置かれてゐた。如來はいくぶん、いや、おほいに痩せこけてゐた。肋骨が一本一本浮き出てゐて、鎧扉のやうであつた。ぼろぼろの褐色の布を腰のまはりにつけてゐるだけで素裸であつた。かまきりのやうに痩せ細つた手足には蜘蛛の巣や煤
前へ
次へ
全15ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング