てんてこ舞いを見つめ、一種の感動を以《もっ》て、
「はり切っていますね。」そう不用意に言ってしまって、ひやとした。自分のそんな世俗の評語が、芸術家としての相手の誇りを傷けはせぬかと、案じられた。「芸術の制作衝動と、」すこしとぎれた。あとの言葉を内心ひそかにあれこれと組み直し、やっと整理して、さいごにそれをもう一度、そっと口の中で復誦してみて、それから言い出した。「芸術の制作衝動と、日常の生活意慾とを、完全に一致させてすすむということは、なかなか稀《まれ》なことだと思われますが、あなたはそれを素晴らしくやってのけて居られるように見受けられます。美しいことです。僕は、うらやましくてならない。」たいへんなお世辞である。男爵は言い終って、首筋の汗をそっとハンケチで拭《ぬぐ》った。
「そんなでもないさ。」相手の男は、そう言って、ひひと卑屈に笑った。「うちの撮影所、見たいか?」
 男爵は、もう、見たくなかった。
「ぜひとも。」と力こめてたのんでしまった。死ぬる思いであった。
「オーライ!」ばかばかしく大きい声で叫んで、「カムオン!」またばかばかしく叫んで、飲食店から飛んで出た。かれは仕方なく、とぼ
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