ていやと言えないのは、この種類の人物の宿命である。男爵は、別紙の略図というものを見た。撮影所の在るまちの駅から、さらに二つ向うの駅で下車することになっていた。行かなければならない。男爵は、暗い気持ちになって、しぶしぶ起きた。きょうは、十六日、きょうこれからすぐ出かけて、かたづけてしまおうと思った。なまけものほど、気がかりの当座の用事を一刻も早く片附けてしまいたがるものらしい。
電車から降りて、見ると、これは撮影所のまちよりも、もっとひどい田舎だった。一望の麦畑、麦は五、六寸ほどに伸びて、やわらかい緑色が溶けるように、これはエメラルドグリンというやつだな、と無趣味の男爵は考えた。歩いて五、六分、家は、すぐわかった。なかなかハイカラな構えの家だったので、男爵には、一驚だった。呼鈴を押す。女中が出て来る。ばかなやつだな、役者になったからって、なにも、こんなにもったいぶることはない、と男爵は、あさましく思った。
「坂井ですが。」
けばけばしいなりをして、眉毛を剃り落した青白い顔の女中が、あ、と首肯《うなず》き、それから心得顔ににっと卑《いや》しく笑って引き込み、ほとんどそれと入れちがいに、
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