の部屋では、皆さん陽気に騒いでいます。私には、女優がむかないのかも知れません。お目にかかりたく、私は十六、十七、十八の三日間、休暇をもらって置きますから、どの日でも、新介様のお好きな日においで下さい。いっそ、私の汚いうちへおいで願えたら、どんなにうれしいことでしょう。別紙に、うちまでの略図かきました。こんな失礼なことを申して、恥ずかしくむしゃくしゃいたします。字が汚くて、くるしゅう存じます。一生の大事でございます。ぜひとも御相談いたしたく、ほかにたのむ身寄りもございませぬゆえ、厚かましいとは存じながら、お願い。
  坂井新介様。とみ。[#「とみ。」は行末より4字上げ]
 助監督のSさんからも、このごろお噂うけたまわって居ります。男爵というニックネームなんですってね。おかしいわ。
 男爵は、寝床の中でそれを読んだ。はじめ、まず、笑った。ひどく奇怪に感じたのである。とみも、都会のモダンガールみたいに、へんな言葉づかいの手紙を書く、ということが、異様にもの珍らしく、なかなか笑いがとまらなかった。けれども、ふっと、厳粛になってしまった。与えられることは、かたく拒否できても、ものをたのまれて決し
前へ 次へ
全40ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング