の。したくても、ゆるされない。名誉恢復。そんな言葉をかしい? あはれな言葉ね。だけど、あたしたち、いちど、あやまち犯した人たち、どんなに、それに憧《あこ》がれてゐるか。そのためには、いのちも要らない。どんなことでも、する。」ふつと声を落して、「さちよは、可愛さうに、いま一生懸命なのよ。あたしには、わかる。あの子を少しでも偉くしてあげたい。」
「待て。」青年は、その言葉を待ちかまへてゐた。ゆつくり、煙草に火を点じて、「君は、いま、あの子を偉くしてあげたい、と言つたね。それは、間違ひ、書取《デクテーシヨン》のミステークみたいに、はつきり、間違ひ。人は、人を偉くすることができない。いまの、この世の中は、きびしいのだ。一朝にして名誉恢復、万人の喝采なんて、そいつは、無智なロマンチシズムだ。昔の夢だ。須々木乙彦ほどの男でも、それができずに、死んだのだ。いまは人間、誰にもめいわくかけずに、自分ひとりを制御することだけでも、それだけでも、大事業なんだ。それだけでも、できたら、そいつは新しい英雄だ。立派なものだ。ほんたうの自信といふものは、自分ひとりの明確な杜会的な責任感ができて、はじめて生れて来るも
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