でも、ねえ。あの子を、いま田舎へかへすなんて、やつぱり、残酷よ。よく、そんなこと、言へるのね。あの子を国へかへしちやいけない。あなたは、あの子が、去年どんなことをしたか知つてるわね。どんなに笑はれたか、知つてゐるわね。東京は、いそがしくて、もう、そんなこと忘れたやうな顔してゐて呉れるけど、田舎は、うるさい。あの子は、きつと座敷牢よ。一生涯、村の笑はれもの。田舎の人つたら、三代まへに鶏ぬすまれたことだつて、ちやんと忘れずに覚えてゐて、にくしみ合つてゐるんだもの。」
「ちがふ。」高須は、落ちついて否定した。「ふるさとは、そんなものぢやない。肉親は、そんなものぢやない。僕は、ふるさとを失つた人の悲劇を知つてゐる。乙やんには、ふるさとが無かつた。君も、ごぞんじだらうと思ふが、乙やんは、僕の伯父の、おめかけの子だ。生みの母親と一緒に転々した。それは苦労した。僕は知つてゐる。あの人は、偉くなることに努めた。自分を捨てた父親を、見かへしてやらうと思つてゐた。ずば抜けて、秀才だつた。全く、すばらしかつたなあ。勉強もした。偉くならなければいけないと思つてゐたのだ。歴史に名を残さうと考へた。けれども、矢尽
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