うも、僕は、君を買ひかぶりすぎてゐたやうだ。君の苦しみなんざ、掌《てのひら》に針たてたくらゐのもので、苦しいには、ちがひない、飛びあがるほど苦しいさ、けれども、それでわあわあ騒ぎまはつたら、人は笑ふね。はじめのうちこそ愛嬌にもなるが、そのうちに、人は、てんで相手にしない。そんなものに、かまつてゐる余裕なんて、かなしいことには、いまの世の中の人たち、誰にもないのだ。僕は知つてゐるよ。君の思つてゐることくらゐ、見|透《とほ》せないでたまるか。あたしは、虫けらだ。精一ぱいだ。命をあげる。ああ、信じてもらへないのかなあ。さうだらう? いづれ、そんなところだ。だけど、いいかい、真実といふものは、心で思つてゐるだけでは、どんなに深く思つてゐたつて、どんなに固い覚悟を持つてゐたつて、ただ、それだけでは、虚偽だ。いんちきだ。胸を割つてみせたいくらゐ、まつたうな愛情持つてゐたつて、ただ、それだけで、だまつてゐたんぢや、それは傲慢だ、いい気なもんだ、ひとりよがりだ。真実は、行為だ。愛情も、行為だ。表現のない真実なんて、ありやしない。愛情は胸のうち、言葉以前、といふのは、あれも結局、修辞ぢやないか。だまつて
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