うに考へられるものも、時がたつと、――忘れられて了ふか、それとも重大でなくなつてしまふのです。――ちえつ、まるで三木朝太郎そつくりぢやねえか。――そして、我々がかうやつて忍従してゐる現在の生活が、やがてそのうちに奇怪で、不潔で、無智で、滑稽で、事によつたら、罪深いもののやうにさへ思はれるかも知れないのです。――いよいよ、三木だ。へどが出さうだ。」
「もし、もし。」水兵服着た女の子に小声で呼びとめられた。
「あのう、これを、高野さんから。」小さく折り畳まれた紙片である。
「なんだね。」助七は、大きい右手を差し出した。
「いいえ。」青白い顔の眼の大きいその女の子は、名女優のやうに屹つと威厳を示して、「あなたでは、ございません。」
「僕だ。」高須は、傍から、ひつたくるやうにして、受け取り、顔をしかめて開いて見た。紙ナプキンに、色鉛筆でくつきり色濃くしたためられてゐた。
 ――さつき、あたしの舞台に、ずいぶん高い舌打なげつけて、さうして、さつさと廊下に出て行くお姿、見ました。あなたのお態度、一ばん正しい。あなたの感じかた、一ばん正しい。あたしは、あなたのお気持、すみのすみまで判ります。あたしは
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