のおぢいさん涙を流さんばかり、オリガの苦悩を、この女優に依つてはじめて知らされた、と、いやもう、流石のぢいさん、まゐつてしまつた。どれ、どれ、拝見。」背後のドアをそつと細めにあけ、舞台を覗いて、「何か、かう、貫禄《くわんろく》とでも、いつたやうなものが在りますね。まるで、別人の感じだ。ああ、退場した。」ドアをぴたとしめて、青年の顔をちらと見て、不適に笑ひ、「うまい! 落ちついてゐやがる。あいつは、まだまだ、大物《おほもの》になれる。しめたものさ。なにせ、あいつは、こはいものを知らない女ですからな。」
「あなたは、毎日、見に来てゐるの?」
「さうさ。」青年の無表情な質問に、助七は、むつとしたらしく、語調を変へた。「おれは、てれ隠しに、かうしてはしやいでゐるんぢやないんだぜ。君たちと違つて、おれは正直だ。感情をいつはることが、できない。うれしいのだ。ほんたうに、うれしいのだ。をどり出したいくらゐだ。社の用事なんか、どうにでも、ごまかせるのだから、毎日ここへやつて来て、廊下の評判を聞いてゐる次第です。軽蔑し給ふな。」
「それは、あなたは、うれしいだらうな。」高須は軽く首肯し、それでもやはり無
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