やら、あさましいやら、いぢらしいやら、涙が出て来て困りました。父は、わたくしたち、あまり身を入れて聞いてゐないのに感附いて、いよいよ、むきになつて、こまかく、ほんたうらしく、地図やら何やらたくさん出して、一生懸命にひそひそ説明して、たうとう、これから皆でその山に行かうではないか、とまで言ひ出し、これには、わたくし、当惑してしまひました。まちの誰かれ見さかひなくつかまへて来ては、その金山のこと言つて、わたくしは恥づかしくて死ぬるほどでございました。まちの人たちの笑ひ草にはなるし、朝太郎は、そのころまだ東京の大学にはひつたばかりのところでございましたが、わたくしは、あまり困つて、朝太郎に手紙で事情全部を知らせてやつてしまひました。そのときに、朝太郎は偉かつた。すぐに東京から駈けつけ、大喜びのふりして、お父さん、そんないい山を持つてゐながら、なぜ僕にいままで隠してゐたのです、そんないい事あるんだつたら、僕は、学校なんか、ばかばかしい、どうか学校よさせて下さい、こんな家、売りとばして、これからすぐに、その山の金鉱しらべに行かう、と、もう父の手をひつぱるやうにしてせきたて、また、わたくしを、こつそりものかげに呼んで、お母さん、いいか、お父さんは、もうさきが長くないのだ、おちぶれた人に、恥をかかせちやいけない、とわたくしを、きつく叱りました。わたくしも、さう言はれて、はじめて、ああさうだつたと気がついて、お恥づかしい、わが子ながら、両手合せて拝みたいほどでございました。嘘、とはつきり知りながら、汽車に乗り、馬車に乗り、雪道歩いて、わたくしたち親子三人、信濃の奥まで、まゐりました。いま、思ひ出しても、せつなくなります。信濃の山奥の温泉に宿をとり、それからまる一年間、あの子は、降つても照つても父のお伴して山を歩きまはり、日が暮れて宿へかへつては、父の言ふこと、それは芝居と思へないほど、熱心に聞いて、ふたりで何かと研究し、相談し、あしたは大丈夫だ、あしたは大丈夫だと、お互ひ元気をつけ合つて、さうして寝て、また朝早く、山へ出かけて、はうばう父に引つぱりまはされ、さんざ出鱈目の説明聞かされて、それでも、いちいち深くうなづいて、へとへとになつて帰つて来ました。何もかも、朝太郎のおかげです。父は、山宿で一年、張り合ひのある日をつづけることができて、女房、子供にも、立派に体面保つて、恥を見せず
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