いた。
「誰です。どこの人です。案内し給え。」さっさと勘定すまして、酔いどれた数枝のからだを、片腕でぐいと抱きあげ、「立ち給え。いずれ、そんなことだろうと思っていた。たいへんな出世だ。さ、案内し給え。どこの男だ。さちよにそんなことさせちゃ、いけないのだ。」
 円タクひろった。淀橋に走らせた。
 自動車の中で、
「ばかだ。ばかも、ばかも、大ばかだ。君には、お礼を言う。よく知らせて呉れた。」数枝は、不吉な予感に、気が遠くなりそうだった。「僕は、さちよを愛している。愛して、愛して、愛している。誰よりも高く愛している。忘れたことが、なかった。あのひとの苦しさは、僕が一ばん知っている。なにもかも知っている。あのひとは、いいひとだ。あのひとを腐らせては、いけない。ばかだ、ばかだ。ひとのめかけになるなんて。ばかだ。死ね! 僕が殺してやる。」
[#地から2字上げ]「火の鳥未完」



底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年9月27日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
入力:柴田卓治
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