ながら、それに気がついていながら、どんどん押し流されてしまって、いつのまにか、もう、世の中から、ひどい焼印《やきいん》、頂戴してしまっているの。さちよなんか、もっとひどい。あの子は、もう世の中を、いちど失脚しちゃったのよ。屑《くず》よ。親孝行なんて、そんな立派なこと、とても、とても、できなくなってしまったの。したくても、ゆるされない。名誉恢復。そんな言葉おかしい? あわれな言葉ね。だけど、あたしたち、いちど、あやまち犯した人たち、どんなに、それに憧《あこ》がれているか。そのためには、いのちも要らない。どんなことでも、する。」ふっと声を落して、「さちよは、可愛そうに、いま一生懸命なのよ。あたしには、わかる。あの子を少しでも偉くしてあげたい。」
「待て。」青年は、その言葉を待ちかまえていた。ゆっくり、煙草に火を点じて、「君は、いま、あの子を偉くしてあげたい、と言ったね。それは、間違い、書取《デクテーション》のミステークみたいに、はっきり、間違い。人は、人を偉くすることができない。いまの、この世の中は、きびしいのだ。一朝にして名誉恢復、万人の喝采なんて、そいつは、無智なロマンチシズムだ。昔の
前へ 次へ
全80ページ中76ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング