儀をかえして、ゆくりなく顔を見合せ、ほ、ほと同時にはなやかに笑って、それから二人、気持よく泣いた。
十時に三木が、酔ってかえった。久留米絣《くるめがすり》に、白っぽいごわごわした袴《はかま》をはいて、明治維新の書生の感じであった。のっそり茶の間へはいって来て、ものも言わず、長火鉢の奥に坐っている老母を蹴飛ばすようにして追いたて、自分がその跡にどっかと坐って、袴の紐《ひも》をほどきながら、
「何しに来たんだい?」坐ったままで袴を脱いでそれを老母にほうってやって、「ああ、お母さん。あなたは、ちょっと二階へ行ってろ。僕は、この子に話があるんだ。」
二人きりになると、さちよは、
「自惚《うぬぼ》れちゃ、だめよ。あたし、仕事の相談に来たの。」
「かえれ。」家に在るときの歴史的さんは、どこか憂鬱で、けわしかった。
「御気嫌、わるいのね。」さちよは、平気だった。「あたし、数枝のアパアトから逃げて来たの。」
「おや、おや。」三木は冷淡だった。がぶがぶ番茶を呑んでいる。
「あたし、働く。」そう言って、自分にも意外な、涙があふれて落ちて、そのまま、めそめそ泣いてしまった。
「もう、僕は、君をあきらめて
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