いて、わあ、わあ、声をはりあげて泣いたような、気がする。男も一緒に、たしかに、歔欷《すすりなき》の声をもらしていた。「あなただけでも、強く生きるのだぞ。」そう言った。誰か、はっきりしない。まさか、父ではなかろう。浅草でわかれた、あの青年ではなかったかしら。とにかく、霧中の記憶にすぎない。はっきり覚醒《かくせい》して、みると、病院の中である。「あなただけでも、強く生きるのだぞ。」その声が、ふと耳によみがえって来て、ああ、あの人は死んだのだ、と冷くひとり首肯した。おのれの生涯の不幸が、相かわらず鉄のようにぶあいそに膠着《こうちゃく》している状態を目撃して、あたしは、いつも、こうなんだ、と自分ながら気味悪いほどに落ちついた。
 ドアの外で正服の警官がふたり見張りしていることをやがて知った。どうするつもりだろう。忌《いま》わしい予感を、ひやと覚えたとき、どやどやと背広服着た紳士が六人、さちよの病室へはいって来た。
「須々木が、ホテルで電話をかけたそうだね。」
「ええ。」あわれに微笑《ほほえ》んで答えた。
「誰にかけたか知ってるね?」
 うなずいた。
「そいつは?」
「わかい人でした。」
「名前
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