は、はじめからこうなんだと、のんきに平気で、行き逢う人、行き逢う人にのんびり挨拶をかえしながら澄まして歩いていると、まあ、男は、どんなに立派だろう。どんなに、きれいだろう。それを、あたしは、ものかげにかくれて、誰にも知られずに、そっとおがんで、うれしいだろうなあ。女の、一ばん深いよろこびというものは、そんなところにあるのではないのかしら。そう思われて仕方がない。」
「わるくないね。」数枝も、耳を傾けた。「参考になる。」
 さちよは、一息《ひといき》ついて、
「それを、男ったら、ひとがいいのねえ。だれもかれも、みんな、お坊ちゃんよ。お金と、肉体だけが、女のよろこびだと、どこから聞いて来たのか、ひとりできめてしまって、おかげで自分が、ずいぶんあくせく無理をして、女のほうでは、男のそんなひとりぎめを、ぶちこわすのが気の毒で、いじらしさに負けてしまうのね。だまって虚栄と、肉体の本能と二つだけのような顔をしてあげてやっているのに、そうすると、いよいよ男は悟り顔してそれにきめてしまうもんだから、すこし、おかしいわ。女のひとは、誰でも、男のひとを尊敬しているし、なにかしてあげたいと一心に思いつめているのに、ちっともそんなことに気がつかないで、ただ、あなたを幸福にできるとか、できないとか言っては、お金持ちのふりをしたり、それから、――おかしいわ、自信たっぷりで、へんなことするんだもの。女が肉体だけのものだなんて、だれが一体、そんなばかなことを男に教えたのかしら。自然に愛情が、それを求めたら、それに従えばいいのだし、それを急に、顔いろを変えたり、色んなどぎつい芝居をして、ばかばかしい。女は肉体のことなんか、そんなに重要に思っていないわ。ねえ、数枝なんかだって、そうなんだろう? いくらひとりでお金をためたって、男と遊んだって、いつでも淋しそうじゃないか。あたし、男のひと皆に教えてやりたい。女にほんとうに好かれたいなら、ほんとうに女を愛しているなら、ほんの身のまわりのことでもいいから、何か用事を言いつけて下さい。権威を以て、お言いつけ下さい、って。地位や名聞を得なくたって、お金持ちにならなくたって、男そのものが、立派に尊いのだから、ありのままの御身に、その身ひとつに、ちゃんと自信を持っていてくれれば、女は、どんなにうれしいか。お互い、ちょっとの思いちがいで、男も女も、ずいぶん狂ってしまっ
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