叩いて、
「君は仕合せものだぞ。上の姉さんが君に、家宝のモオニングを貸して下さるそうだ。」
家宝の意味が、大隅君にも、すぐわかったようである。
「あ、そう。」とれいの鷹揚《おうよう》ぶった態度で首肯《うなず》いたが、さすがに、感佩《かんぱい》したものがあった様子であった。
「下の姉さんは、貸さなかったが、わかるかい? 下の姉さんも、偉いね。上の姉さんより、もっと偉いかも知れない。わかるかい?」
「わかるさ。」傲然《ごうぜん》と言うのである。瀬川先生の説に拠ると、大隅君は感覚がすばらしくよいくせに、表現のひどくまずい男だそうだが、私もいまは全くそのお説に同感であった。
けれども、やがて、上の姉さんが諏訪法性《すわほっしょう》の御兜《おんかぶと》の如くうやうやしく家宝のモオニングを捧げ持って私たちの控室にはいって来た時には、大隅君の表現もまんざらでなかった。かれは涙を流しながら笑っていた。
底本:「太宰治全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1989(昭和64)年2月28日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
1975(昭和50)年6月〜1976(昭和
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