えて淋しいとも侘びしいとも与兵衛が可愛さうでならなかつた。五人女にも、於七が吉三のとこへ夜決心してしのんで行つて、鈴に蹴躓き、からからと大音響、傍に寝てゐる小僧が眼をさまして、あれ、おぢやうさんは、よいことを、と叫ばれ、ひたと両手合せて小僧にたのみいる、ところがあつたと覚えてゐるが、あの思はざる鈴の音には読むものすべて、はつと魂消したにちがひない。
まだ誰も邦訳《はうやく》してゐないが、プロフエツサアといふ小説、作者は女のひと、別なもう一つの長篇小説で、なにかの文庫で日本にその名を紹介せられた筈《はず》であるが、その作者の名も、その長篇小説の名も、その文庫の名もすべて、いますぐ思ひ出せない。これとて、しらべてみれば、判るのだが、いま、その必要を認めない。プロフエツサアといふ小説は、さる田舎《ゐなか》の女学校の出来事を叙したものであつて、放課後、余人ひとりゐないガランとした校舎、たそがれ、薄暗い音楽教室で、男の教師と、それから主人公のかなしく美しい女のひとと、ふたりきりひそひそ世の中の話を語つてゐるのであるが、秋風が無人の廊下をささと吹き過ぎて、いづこか遠い扉が、ばたん、と音たてる。い
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