たような話で、皆様も(誰もいやしない)うんざりしたでございましょうから、きょうは一つ、山椒魚という珍動物に就いて、浅学の一端を御|披露《ひろう》しましょう。先日私は、素直な書生にさそわれまして(いやな事を言う)井の頭公園の梅見としゃれたのでありますが、紅梅、白梅、ほつほつと咲きほころび(紅梅は咲いていなかった)つつましく艶《えん》を競《きそ》い、まことに物静かな、仙境とはかくの如きかと、あなた、こなた、夢に夢みるような思いにてさまよい歩き、ほとんど俗世間に在るを忘却いたし(親子どんぶり、親子どんぶり)ふと眼前にあらわれたるは、幽玄なる太古の動物、深山の(言うという字に糸二つか)巒気《らんき》たゆとう尊いお姿、ごそりごそりとうごめいていました。いや、驚かなくともよろしい。これが、その、れいの山椒魚であったというわけなのであります。私たちは、梅が香に酔いしれ、ふらふら歩いて、知らず識らずのうちに公園の水族館にはいっていたのであります。山椒魚。私はその姿を見て直観いたしました。これだ! これこそ私の長年さがし求めていたところの恋人だ。古代そのままのにおい。純粋の、やまと。(ちょっと、こじつけ
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