果してその夜、先生はどたばたと宿の階段をあがって来て私の部屋の襖《ふすま》をがらりとあけて、
「山椒魚はどれ、どこに。」と云って、部屋の中を見廻した。宿の部屋をのそのそ這いまわっていたのを私が見つけて、電報で知らせたとでも思っていたらしい。やっぱり先生は、私などとは、けた違いの非常識人である。
「見世物になっているのです。」私は事情をかいつまんで報告した。
「淀江村! それならたしかだ。いくらだ。」
「一丈です。」
「何を言っている。ねだんだよ。」
「十銭です。」
「安いね。嘘《うそ》だろう。」
「いいえ、軍人と子供は半額ですけど。」
「軍人と子供? それは入場料ではないか。私はその山椒魚を買うつもりなんだよ。お金も準備して来た。」先生は大きい紙いれを懐中から出して火燵の上に載せてにやりと笑った。私はその顔を見て、なんだかまた薄気味が悪くなって来た。
「先生、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。一尺二十円として、六尺あれば百二十円、七尺あれば百四十円、一丈あったら二百円、と私は汽車の中で考えて来た。君、すまないが、見世物の大将をここへ連れて来てくれないか。それから宿の者に、お酒を言いつけて、
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