投げつけて、それで足りずに一度はお慶をよびつけ、私の絵本の観兵式の何百人となくうようよしている兵隊、馬に乗っている者もあり、旗持っている者もあり、銃|担《にな》っている者もあり、そのひとりひとりの兵隊の形を鋏《はさみ》でもって切り抜かせ、不器用なお慶は、朝から昼飯も食わず日暮頃までかかって、やっと三十人くらい、それも大将の鬚《ひげ》を片方切り落したり、銃持つ兵隊の手を、熊《くま》の手みたいに恐ろしく大きく切り抜いたり、そうしていちいち私に怒鳴られ、夏のころであった、お慶は汗かきなので、切り抜かれた兵隊たちはみんな、お慶の手の汗で、びしょびしょ濡《ぬ》れて、私は遂《つい》に癇癪《かんしゃく》をおこし、お慶を蹴《け》った。たしかに肩を蹴った筈《はず》なのに、お慶は右の頬《ほお》をおさえ、がばと泣き伏し、泣き泣きいった。「親にさえ顔を踏まれたことはない。一生おぼえております」うめくような口調で、とぎれ、とぎれそういったので、私は、流石《さすが》にいやな気がした。そのほかにも、私はほとんどそれが天命でもあるかのように、お慶をいびった。いまでも、多少はそうであるが、私には無智な魯鈍《ろどん》の者
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