猿面冠者
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)傲岸不遜《ごうがんふそん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから横組み]“Nevermore”
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 どんな小説を読ませても、はじめの二三行をはしり読みしたばかりで、もうその小説の楽屋裏を見抜いてしまったかのように、鼻で笑って巻を閉じる傲岸不遜《ごうがんふそん》の男がいた。ここに露西亜《ロシヤ》の詩人の言葉がある。「そもさん何者。されば、わずかにまねごと師。気にするがものもない幽霊か。ハロルドのマント羽織った莫斯科《モスクワ》ッ子。他人の癖の飜案か。はやり言葉の辞書なのか。いやさて、もじり言葉の詩とでもいったところじゃないかよ」いずれそんなところかも知れぬ。この男は、自分では、すこし詩やら小説やらを読みすぎたと思って悔いている。この男は、思案するときにでも言葉をえらんで考えるのだそうである。心のなかで自分のことを、彼、と呼んでいる。酒に酔いしれて、ほとんど我をうしなっているように見えるときでも、もし誰かに殴られたなら、落ちついて呟《つぶや》く。「あなた、後悔しない
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