のかげに、あの新聞の読者を感じた。父も読んだにちがいなかった。たかが十行か二十行かの批評の活字がこんな田舎にまで毒を流しているのを知り、彼は、おのれのからだを岩か牝牛にしたかった。
 そんな場合、もし彼が、つぎのような風の便りを受けとったとしたなら、どうであろう。やがて、ふるさとで十八の歳を送り、十九歳になった元旦、眼をさましてふと枕元に置かれてある十枚ほどの賀状に眼をとめたというのである。そのうちのいちまい、差出人の名も記されてないこれは葉書。
 ――私、べつに悪いことをするのでないから、わざと葉書に書くの。またそろそろおしょげになって居られるころと思います。あなたは、ちょっとしたことにでも、すぐおしょげなさるから、私、あんまり好きでないの。誇りをうしなった男のすがたほど汚いものはないと思います。でもあなたは、けっして御自身をいじめないで下さいませ。あなたには、わるものへ手むかう心と、情にみちた世界をもとめる心とがおありです。それは、あなたがだまっていても、遠いところにいる誰かひとりがきっと知って居ります。あなたは、ただすこし弱いだけです。弱い正直なひとをみんなでかばってだいじにして
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