るひとびとがことごとく彼の知合いだったことに気づいた。師走《しわす》ちかい雪の街は、にぎわっていた。彼はせわしげに街を往き来するひとびとへいちいち軽い会釈をして歩かねばならなかった。とある裏町の曲り角で思いがけなく女学生の一群と出逢ったときなど、彼はほとんど帽子をとりそうにしたほどであった。
 彼はそのころ、北方の或る城下まちの高等学校で英語と独逸《ドイツ》語とを勉強していた。彼は英語の自由作文がうまかった。入学して、ひとつきも経たぬうちに、その自由作文でクラスの生徒たちをびっくりさせた。入学早々、ブルウル氏という英人の教師が、What is Real Happiness? ということについて生徒へその所信を書くように命じたのである。ブルウル氏は、その授業のはじめに、My Fairyland という題目でいっぷう変った物語をして、その翌《あく》る週には、The Real Cause of War について一時間主張し、おとなしい生徒を戦慄《せんりつ》させ、やや進歩的な生徒を狂喜させた。文部省がこのような教師を雇いいれたことは手柄であった。ブルウル氏は、チエホフに似ていた。鼻眼鏡を掛け短
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