んな便りにしたい。「私、べつに悪いことをするのではありませんから、わざと葉書にかきます」という書きだしはどうだろう。主人公が元旦にそれを受けとるのだから、いちばんおしまいに、「忘れていました。新年おめでとうございます」と小さく書き加えてあることにしよう。すこし、とぼけすぎるかしら。
 男は夢みるような心地で街をあるいている。自動車に二度もひかれそこなった。
 第二の通信は、主人公がひところはやりの革命運動をして、牢屋《ろうや》にいれられたとき、そのとき受けとることにしよう。「彼が大学へはいってからは、小説に心をそそられなかった」とはじめから断って置こう。主人公はもはや第一の通信を受けとるまえに、文豪になりそこねて痛い目に逢っているのだから。男は、もう、そのときの文章を胸のなかに組立てはじめた。「文豪として名高くなることは、いまの彼にとって、ゆめのゆめだ。小説を書いて、たとえばそれが傑作として世に喧伝《けんでん》され、有頂天の歓喜を得たとしても、それは一瞬のよろこびである。おのれの作品に対する傑作の自覚などあり得ない。はかない一瞬間の有頂天がほしくて、五年十年の屈辱の日を送るということは
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