ないかしら、とあなたのためにも私のためにもそればかりを祈つてゐました。やつぱり駄目なのね。まだお若いからかしら。いいえ、なんにもおつしやいますな。いくさに負けた大將は、だまつてゐるものださうでございます。人の話に依りますと「ヘルマンとドロテア」も「野鴨」も「あらし」も、みんなその作者の晩年に書かれたものださうでございます。ひとに憇ひを與へ、光明を投げてやるやうな作品を書くのに才能だけではいけないやうです。もしも、あなたがこれから十年二十年とこのにくさげな世のなかにどうにかして炬火きどりで生きとほして、それから、もいちど忘れずに私をお呼びくだされたなら、私、どんなにうれしいでせう。きつときつと參ります。約束してよ。さやうなら。あら、あなたはこの原稿を破るおつもり? およしなさいませ。このやうな文學に毒された、もぢり言葉の詩とでもいつたやうな男が、もし小説を書いたとしたなら、まづざつとこんなものだと素知らぬふりして書き加へでもして置くと、案外、世のなかのひとたちは、あなたの私を殺しつぷりがいいと言つて、喝采を送るかも知れません。あなたのよろめくおすがたがさだめし大受けでございませう。そして
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