は飽くことを知らぬものである。そのとしの暑中休暇には、彼は見込みある男としての誇りを肩に示して歸郷した。彼のふるさとは本州の北端の山のなかにあり、彼の家はその地方で名の知られた地主であつた。父は無類のおひとよしの癖に惡辣ぶりたがる性格を持つてゐて、そのひとりむすこである彼にさへ、わざと意地わるくかかつてゐた。彼がどのやうなしくじりをしても、せせら笑つて彼を許した。そしてわきを向いたりなどしながら言ふのであつた。人間、氣のきいたことをせんと。さう呟いてから、さも拔け目のない男のやうにふいと全くちがつた話を持ちだすのである。彼はずつと前からこの父をきらつてゐた。蟲が好かないのだつた。幼いときから氣のきかないことばかりやらかしてゐたからでもあつた。母はだらしのないほど彼を尊敬してゐた。いまにきつとえらいものになると信じてゐた。彼が高等學校の生徒としてはじめて歸郷したときにも、母はまづ彼の氣むづかしくなつたのにおどろいたのであつたけれど、しかし、それを高等教育のせゐであらうと考へた。ふるさとに歸つた彼は、怠けてなどゐなかつた。藏から父の古い人名辭典を見つけだし、世界の文豪の略歴をしらべてゐた。
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