島へ吐きつけて、そろって石塀の上から影を消してしまってからも、彼は額に片手をあてたり尻を掻きむしったりしながら、ひどく躊躇《ちゅうちょ》をしていたが、やがて、口角に意地わるげな笑いをさえ含めてのろのろと言いだした。
「いつ来て見ても変らない、とほざいたのだよ。」
 変らない。私には一切がわかった。私の疑惑が、まんまと的中していたのだ。変らない。これは批評の言葉である。見せ物は私たちなのだ。
「そうか。すると、君は嘘をついていたのだね。」ぶち殺そうと思った。
 彼は私のからだに巻きつけていた片手へぎゅっと力こめて答えた。
「ふびんだったから。」
 私は彼の幅のひろい胸にむしゃぶりついたのである。彼のいやらしい親切に対する憤怒よりも、おのれの無智に対する羞恥《しゅうち》の念がたまらなかった。
「泣くのはやめろよ。どうにもならぬ。」彼は私の背をかるくたたきながら、ものうげに呟いた。「あの石塀の上に細長い木の札が立てられているだろう? おれたちには裏の薄汚く赤ちゃけた木目だけを見せているが、あのおもてには、なんと書かれてあるか。人間たちはそれを読むのだよ。耳の光るのが日本の猿だ、と書かれてある
前へ 次へ
全13ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング