一日の労苦
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)滑稽《こっけい》
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一月二十二日。
日々の告白という題にしようつもりであったが、ふと、一日の労苦は一日にて足れり、という言葉を思い出し、そのまま、一日の労苦、と書きしたためた。
あたりまえの生活をしているのである。かくべつ報告したいこともないのである。
舞台のない役者は存在しない。それは、滑稽《こっけい》である。
このごろだんだん、自分の苦悩について自惚《うぬぼ》れを持って来た。自嘲し切れないものを感じて来た。生れて、はじめてのことである。自分の才能について、明確な客観的把握を得た。自分の知識を粗末にしすぎていたということにも気づいた。こんな男を、いつまでも、ごろごろさせて置いては、もったいない、と冗談でなく、思いはじめた。生れて、はじめて、自愛という言葉の真意を知った。エゴイズムは、雲散霧消している。
やさしさだけが残った。このやさしさは、ただものでない。ばか正直だけが残った。これも、ただものでない。こんなことを言っている、おめでたさ、これも、ただものでない。
その、ただものでない
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