でも坐っているつもりなのか。」と言って、機嫌が悪い。
あまり卑下していても、いけないのである。それでは、と膝を崩して、やや顔を上げ、少し笑って見せると、こんどは、横着《おうちゃく》な奴だと言って叱られる。これはならぬと、あわてて膝を固くして、うなだれると、意気地が無いと言って叱られる。どんなにしても、だめであった。私は、私自身を持て余した。兄の怒りは、募《つの》る一方である。
幽《かす》かに、表の街路のほうから、人のざわめきが聞えて来る。しばらくして、宿の廊下が、急にどたばた騒がしくなり、女中さんたちの囁《ささや》き、低い笑声も聞える。私は、兄の叱咤《しった》の言よりも、そのほうに、そっと耳をすましていた。ふっと一言、聴取出来た。私は、敢然《かんぜん》と顔を挙げ、
「提燈《ちょうちん》行列です。」と兄に報告した。
兄は一瞬、へんな顔をした。とたんに、群集のバンザイが、部屋の障子《しょうじ》が破れるばかりに強く響いた。
皇太子殿下、昭和八年十二月二十三日御誕生。その、国を挙げてのよろこびの日に、私ひとりは、先刻から兄に叱られ、私は二重に悲しく、やりきれなくていたのである。兄は、落
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