りつきたくなるものでございます。悲しいことでございます。その辻占は、あぶり出し式になって居ります。博士はマッチの火で、とろとろ辻占の紙を焙《あぶ》り、酔眼をかっと見ひらいて、注視しますと、はじめは、なんだか模様のようで、心もとなく思われましたが、そのうちに、だんだん明確に、古風な字体の、ひら仮名が、ありありと紙に現われました。読んでみます。
おのぞみどおり
博士は莞爾《かんじ》と笑いました。いいえ、莞爾どころではございませぬ。博士ほどのお方が、えへへへと、それは下品な笑い声を発して、ぐっと頸を伸ばしてあたりの酔客を見廻しましたが、酔客たちは、格別相手になっては呉《く》れませぬ。それでも博士は、意に介しなさることなく、酔客ひとりひとりに、はは、おのぞみどおり、へへへへ、すみません、ほほほ、なぞと、それは複雑な笑い声を、若々しく笑いわけ、撒《ま》きちらして皆に挨拶いたし、いまは全く自信を恢復《かいふく》なされて、悠々とそのビヤホールをお出ましになりました。
外はぞろぞろ人の流れ、たいへんでございます。押し合い、へし合い、みんな一様に汗ばんで、それでもすまして、歩いています。歩いていて
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