強いたした。
「義人《ぎじん》は信仰によりて生くべし。」パウロは、この一言にすがって生きていたように思う。パウロは、神の子ではない。天才でもなければ、賢者でもない。肉体まずしく、訥弁である。失礼ながら、今官一君の姿を、ところどころに於いて思い浮べた。四書簡の中で、コリント後書が最も情熱的である。謂わば、ろれつが廻らない程に熱狂的である。しどろもどろである。訳文の古拙なせいばかりでも無いと思う。
「わが誇るは益なしと雖も止むを得ざるなり、茲《ここ》に主の顕示《しめし》と黙示とに及ばん。我はキリストにある一人の人を知る。この人、十四年前に第三の天にまで取り去られたり(肉体にてか、われ知らず、肉体を離れてか、われ知らず、神しり給う)われは斯のごとき人を知る(肉体にてか、肉体の外にてか、われ知らず、神しり給う)かれパラダイスに取り去られて言い得ざる言《ことば》、人の語るまじき言《ことば》を聞けり。われ斯《かく》のごとき人のために誇らん、然れど我が為には弱き事のほか誇るまじ。もし自ら誇るとも我が言うところ誠実《まこと》なれば、愚かなる者とならじ。然れど之を罷《や》めん。恐らくは人の我を見、われに
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