て」と言うのも無理がない。こんな手紙をもらった人は災難だ。悩まざるを得ないだろう。名文と言おうか、魔文と言おうか、どうもこの偉大なる書翰《しょかん》を書き写したら、妙に手首がだるくなって、字がうまく書けなくなって来た。これで失敬しよう。また出直す。
  十月五日

   試煉《しれん》


     1

 一昨日は、どうも、つくし殿の名文に圧倒され、ペンが震えて字が書けなくなり、尻切《しりきれ》とんぼのお手紙になって失礼しました。あの日、夕食後に僕が、あの手紙を読んで呆然《ぼうぜん》としていたら、マア坊が、廊下の窓から、ちらと顔をのぞかせて、「読んだ?」とでもいうような無言のお伺いの眼つきをして見せたので、僕は、軽く首肯《うなず》いてやった。すると、マア坊も、真面目《まじめ》にこっくり首肯いた。ひどく、あの手紙を気にしているらしい。西脇さんも罪な人だと僕はその時、へんな義憤みたいなものを感じた。そうして、僕はマア坊をたまらなく、いじらしく思った。白状すると、僕はその時以来、あらたにまた、マア坊に新鮮な魅力を感じたのだ。鈍感な男ではなくなったというわけだ。いつのまにやら、そうなっていた
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