、隣りの「白鳥の間」の固パンが移って来た。姓名は須川五郎《すがわごろう》、二十六歳。法科の学生だそうで、なかなかの人気者らしい。色浅黒く、眉《まゆ》が太く、眼はぎょろりとしてロイド眼鏡をかけて、鷲鼻《わしばな》で、あまり感じはよくないが、それでも、助手さんたちから、大いに騒がれているのだそうだ。どうも、男から見ていやなやつほど、女に好かれるようだ。固パンの出現に依って、「桜の間」の空気も、へんにしらじらしいものになって来た。かっぽれは、既に少し固パンに対して敵意を抱いているようだ。きょうの夕食前の摩擦の時にも、助手さんたちは固パンに向って英語を色々たずねて、
「ねえ、教えてよ。ごめんなさいね、ってのは英語でどういうの。」
「アイ、ベッグ、ユウア、パアドン。」固パンは、ひどく気取って答える。
「覚えにくいわ。もっと簡単な言いかたが無いの?」
「ヴェリイ、ソオリイ。」実に気取って言う。
「それじゃあね。」と別な助手さんが、「どうぞお大事にね、ってことを何というの?」
「プリイズ、テッキャア、オブ、ユアセルフ。」 take care を、テッキャアと発音する。なんとも、どうも、きざな事であっ
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