。蓋《ふた》には薔薇《ばら》の蔓《つる》を図案化したような、こんがらかった細い黒い線の模様があって、その蓋の縁には小豆色のエナメルみたいなものが塗られてある。このエナメルが無ければよいのに、このエナメルの不要な飾りのために、マア坊の言うように、「ちょっと地味」だし、また「ちっとも上等でなく」なっている。でもまあ、せっかくマア坊が買って来てくれたのだから、とにかく大事にしまって置くべきであろう。
どうも、しかし、愉快でない。もらって、こんな事を言うのはいけないが、本当にちっとも嬉《うれ》しくないのだ。よその女のひとから、ものをもらうのは、はじめての経験であるが、実に妙に胸苦しくていけないものだ。はなはだ後味のわるいものだ。僕は、引出しの奥の一ばん底に、ケースを隠した。早く忘れてしまいたい。
ケースには、僕も、少し閉口して、持てあましの形だが、しかし、こんな経緯に依《よ》って、マア坊のよさを少しでも君にわかってもらいたくて、以上、御報告の一文をしたためた次第だ。どうだね、少しはマア坊を見直したかね。やっぱり、竹さんのほうがいいかね。御感想をお聞かせ下さい。
きょうは、つくしのベッドに
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